into the border

<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

2017.01.23 Monday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


| - | - | - | - | - |
2015.04.13 Monday

さかいめの記事一覧

 「さかいめ」カテゴリ内の記事は以下の通りです。性神の記事が圧倒的に多くなっています。

 
神津島の集落・道祖神マップ : A3用の神津島地図


秋田県湯沢市岩崎の巨大カシマ様 : 人形道祖神の代表格

大館市雪沢周辺のドンジン様:人形道祖神の多様性、一つの到達点

能代市鶴形のショウキ様:かなり尖った人形道祖神

大館市粕田字粕田のニンギョウ様 : 大きな手を広げた人形道祖神の男神と女神、そして岐神

秋田県湯沢市皆瀬地区のカシマ様 : かわいらしくも力強い、石と藁の人形道祖神

風袋様(かざぶくろさま)-福島県石川郡浅川町福貴作 : 愛嬌抜群の人形道祖神


弓削神宮と弓削法皇社 :現在進行形の呪術空間

阿蘇下田城の石灯籠と縁結びの石 :「男性を表している石灯籠」について

小和田本宿郷の双体道祖神 :露骨だがあたたかい

千葉県長生郡長南町 熊野(ゆや)の清水の男根型双体道祖神 :平成22年生まれの性神

世田谷区大蔵の田の神 :東京タノカンサー

池袋水天宮の田の神様たち :東京タノカンサー

八王子市散田町 高宰神社の田の神さま :かなり崩れてしまった田の神さま

二子玉川、246号線沿いの田の神群  :田の神様が井戸端会議

成宗白山神社の田の神 :隠れるように

北沢川の大石棒:2009/5/1訪問 :巨大石棒

牧丘町杣口の石棒と丸石:2009/4/30訪問 :巨大石棒

喜多見氷川神社の石棒 :色白ハンサムな石棒

千葉県君津市宿原 三島神社の石棒 :きのこっぽい先端の丸みが特徴的

大石神社の生きた性神 :生木から生える男根。性神関係の記事で一番見てほしいのがこれかもしれません。
大石神社の性神が進化している : 二年間の間に多少の変化がありました。

余目の妻神(さいのかみ)社 :狛男根

ふけの湯の金勢様と牧野富太郎博士

俵山温泉近く・麻羅観音 :林立する男根

秋保神社の子宝和合の神 :自然な祀られ方

伊豆稲取・どんつく神社 :つややかな男根神輿

山形県小国町 大宮子易両神社の和合宮(和合寝殿) :川を遡った男根石

***************************************

マキリ :いわゆるマキリ(包丁)について

甲府盆地の道祖神 :甲府盆地のさわり

三猿のような彫刻を持つ石造物 :石森/山梨岡神社参道入口の石造物について

君はだれ? :見たこともない石造物

櫛田神社・おたふく・節分 :博多の節分におたふくは外せないようです

松本橋脇の石祠

新鳥栖駅近くの石幢(せきどう)

左の目神社

左の目神社参道の神様たち

遠州・庚申寺の山門

神津島の庚申堂

谷中の日荷堂 : 紙垂の中央に「天」

半僧坊真殿の千社札(前) : 特攻隊慰霊の千社札

半僧坊真殿の千社札(後) : 大鵬の千社札

武蔵御嶽山の邪鬼
 
田中の勝軍地蔵 : 宿場の盛衰を見守る美しい石仏

神津島の秋葉神社と愛宕神社 : 未踏の神社



 
境界の発生 (講談社学術文庫)
赤坂 憲雄
講談社
売り上げランキング: 57,805
 
しぐさの民俗学―呪術的世界と心性
常光 徹
ミネルヴァ書房
売り上げランキング: 251,215
 
無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 (平凡社ライブラリー (150))
網野 善彦
平凡社
売り上げランキング: 20,454

2015.04.06 Monday

三猿のような彫刻を持つ石造物


 石森山つつじ公園にある山梨岡(石森山)神社参道入口にある石柱状のものなんですが、三猿のようなものが彫られています。ほかに刻印が無いようなので分かりませんが、ちょっと不思議です。今にして思えば鳥居の脚のように見えますが、反対側に似た作りのものは無かったような気がします。

20150414追記
向かい側の石造物も写真がありました。これもまたよく分かりませんが、何らかの像の下に三つの出っ張りがあり、一番左は鶏のように見えます。こちらも土台がやけに立派です。


山梨岡神社参道入口の石造物はここです。

大きな地図で見る



 

2015.03.23 Monday

Solarforce L2MとSUREFIRE 6P、そして18350充電池と16340充電池

 以前の記事でも書いたが、フラッシュライトの定番であるSUREFIRE 6Pはそのバルブ(P60)の互換品が多い。そうしたP60互換バルブを使用可能なライトはP60互換ライトと呼ばれるようだ。
そんなP60互換ライトの一つ、Solarforce L2Mを買ってみた。現行モデルの6Pによく似ている。

シンプルなボディはヘッドとスイッチ以外に本体が2分割され、18650充電池で点灯する組み合わせと、そこからパーツをひとつ抜いて16340充電池で使う組み合わせの使い分けができる。短くするとコンパクトになる分、16340では電池容量が極端に小さくなってしまうという欠点がある。


上がSUREFIRE 6P、下がSolarforce L2M。P60互換ライトと言うだけあって、バルブだけでなくヘッドやスイッチ部分も互換性がある。ちなみにP60互換バルブを6Pに入れるとスプリングが長くてヘッドが締まりきらないことが多いが、使うことに問題はない。→画像



この二台でちょっと遊んでみる。
SUREFIRE 6P旧タイプの素の状態。
6P/6P/6P

そこにL2Mのスイッチを装着してみる。スイッチが押し込んでいる間だけ点灯するタイプ(プッシュスイッチ)ではなく、一回押し込んで離せば点灯し続けるタイプ(クリッキングスイッチ)に6Pを換装できた。
6P/6P/L2M

さらにヘッドもL2Mのものに変更。もはや6PではなくL2Mと言っていい。
L2M/6P/L2M

ちなみに、スイッチはNIGHTCORE P12のものも互換性があった。
ただ、6PのプッシュスイッチはP12では使うことができない。
L2M/6P/P12

L2Mのヘッドとスイッチを6Pにすることももちろん可能で、プッシュスイッチも使うことができる。
6P/L2M/L2M/6P

今回遊んでみて一番気に入ったのがこれで、L2Mの16340用の短いボディに6Pのヘッドとスイッチをつけてみるとかなりコンパクトになった。
6P/L2M/6P

当然全部つなげて長くすることもできる。この状態なら1865016760×2や16340×4が可能で、後者の場合は17V近くまで電圧を高めることが出来る。一応18Vまで対応のバルブはP60互換で存在するが、使うメリットはあるのだろうか。バルブの許容範囲内なら1865016760×2で稼働時間を伸ばすのはありかもしれない。(誤記訂正。6Pには18650が入らない。)
6P/6P/L2M/L2M



 ちなみにL2Mの短いバージョンは16340を使うのが推奨のようだが、容量が小さいのが欠点だ。持っているものは880mAhしかないので、少しでも容量を稼ぐために18350(1200mAh)を使うことにした。SUREFIRE 6Pにはやや太過ぎで入らない電池だが、長いバージョンでは18650を使うL2Mでは直径が同じ18350の方が収まりがいいぐらいだ。これで少しはランタイムが伸ばせるはず。






いろいろ融通が利いて便利なライトだと思う。
言わずと知れた基本形。
SUREFIRE 6Pには入らないが、SOLARFORCE L2Mにはぴたっと入る。
【TrustFire 18350電池2本付】 電池ケース WF-501A用
TrustFire
売り上げランキング: 7,113

CR123Aと同サイズで、SUREFIRE 6Pにも入るが電圧がCR123Aと違うので使用するバルブに注意。
これをSOLARFORCEなどP60互換のライトにつなぐと18650電池を一本多く接続することができる。
solarforce フラッシュライト 18650電池 延長チューブ
solarforce
売り上げランキング: 110,647

上と同様に、SOLARFORCEなどP60互換のライトにつなげば16340や18350を一本追加できる。
solarforce フラッシュライト CR123A/ 16340電池 延長チューブ
solarforce
売り上げランキング: 359,904

XMLシリーズに変わる、新しいシリーズのLEDを搭載したP60互換モジュール。
18Vまで対応しているバルブ。
Solarforce Cree LED R5 バルブ★1 mode 3V-18V★340ルーメン
Solarforce
売り上げランキング: 125,778





 

2015.03.23 Monday

USBコネクタと一体型の18650型充電池

 秋葉原で変なもの買った。USBポートから充電可能な18650サイズの充電池(¥1580)だ。


3.7Vで9.6whということは、2600mAh位の容量ということになる。多分、18650より短いサイズの電池をベースに使っているはずなので、この容量では大きすぎる気がする。


非常におもちゃっぽい見た目で、左端のキャップを引っ張るとUSBコネクタが現われた。

同じ仕組みの単三充電池は見たことがあったが、18650タイプは初めてだ。
18450とか、その位のサイズのリチウムイオン充電池にUSBコネクタをつなげた商品のようだが、使えるのだろうかと思って電圧を測ってみると3.87Vあり、普通にリチウムイオン電池の初期電圧っぽい。

早速USBポートに差し込んでみると、青く光った。

電池の説明書きでは充電完了で青→赤に変わるということだったが、4.18Vに達してもランプは青のままで、電圧も4.18V止まりだった。保護回路は一応付いているみたいだ。
一瞬、通常の充電器では充電できるのか試してみたくなったが、怖いのでやめておいた。

実際にライトに入れてみると普通に使えたので、しばらく使ってみようと思う。

   


 

2015.03.18 Wednesday

鎌倉の「あさくさ食堂」

 鎌倉でのご飯は、前から行こうと思っていた「あさくさ食堂」にしました。
看板のフレーズがいい感じです。


メニューは沢山あるようですが、おいしいと聞いていたので「しらすチャーハン」¥900を迷わず注文。普通盛りですか?と確認がありました。

写真ではわかりにくいというか、皿が大きいので分かりにくいですが、結構量があります。味も文句なし。

 満腹になるといよいよ気になってくるのは店名の由来です。
鶴岡八幡宮造営時に浅草寺の大工が関わったという話を聞いたことがありますが、そうした話に関係があるのかもしれないと思って会計の時に聞いてみると、店主が出てきて教えてくれました。由来は聞かれることが多いんじゃないでしょうか。

「あさくさ食堂」の先々代は東京の田原町で店を開いていましたが関東大震災で焼け出されてしまい、鎌倉で店を始めたそうです。すると浅草から来た人ということで屋号が「かまくら」になっていたとのこと。当時は「ぶ厚いカツレツ」が看板メニューだったようで、現在は上ロースカツ定食(¥1000)として提供されています。次回の昼ご飯ほぼ決定です。

あさくさ食堂はここです。6:00-19:00と早くから開いているのも有難いです。

大きな地図で見る


 

2015.03.17 Tuesday

鎌倉市佐助のコンクリート街灯

 少し前に鎌倉で、古そうな街灯を見つけました。

あくまでも普通に使われています。

意匠を施した上に、銀色のペンキを塗ってあったようです。剥げてきて風合いが増しています。


柱の作りは四谷荒木町の街灯(下の画像)によく似ています。→荒木町のコンクリート街灯


荒木町の街灯のアップ。

荒木町の街灯の方が彫りが深いようです。

同じメーカーかと思ったら佐助の街灯は立川コンクリート工業製、荒木町の方は山洋コンクリート工業製でした。


佐助の街灯は一番傷んで見える部分でもこんな具合です。


鎌倉市佐助のコンクリート街灯はここです。

大きな地図で見る





 

2015.03.16 Monday

北海道の交通安全ステッカー

 北海道の交通安全ステッカーは今のところ以下の通りです。入植した人達が地元の神様を勧請することで、北海道には各地の神様が集まっています。

画像クリックで少し大きな画像に切り替わります。

月寒神社
車内から外に向けて貼るタイプのステッカーもありました。

伊夜日子神社
円型のタイプは金属ステッカーです。

札幌護国神社
小型の鳥居型ステッカーと、カエルが描かれた小型の樹脂盛ステッカーがあります。

新栄寺(札幌成田山)
大きな長方形のステッカーはマグネットタイプも用意されています。

手稲神社
マグネットタイプの楕円ステッカーですが、付属する同サイズの両面テープをマグネット部分に貼り付けることで粘着式のステッカーにもなります。

西野神社
狛犬が描かれた樹脂盛ステッカーには、マグネットタイプに変換できるように同サイズのマグネットが付属しています。カードサイズのステッカーもありました。

新琴似神社
紙垂の形をした樹脂盛ステッカーです。

発寒神社
紙垂の形をした樹脂盛ステッカーです。同タイプの新琴似神社のものと同じ大きさかと思ったら、一回り大きいサイズでした。

小樽住吉神社
下の二つは樹脂盛ステッカーです。

竜宮神社
小型の樹脂盛ステッカーに龍と神璽が描かれています。

烈々布神社
どちらも樹脂盛で、勾玉型の方は開運守です。

相馬神社
平岸にある相馬神社は、楕円形の樹脂盛ステッカーです。

北海道神宮
お守りとセットで授与されています。小型の樹脂盛ステッカーです。

画像一覧

【交通安全ステッカーの記事一覧】
http://kotori4126.jugem.jp/?eid=173


 

2015.03.09 Monday

キオスクで売られていた靴の滑り止め ノンスリップラバー

以前、靴に着ける滑り止めの記事で「札幌ではキオスクでも靴の滑り止めを売っている」と書いた。当時は「コロバンド」という商品だったと思うが、市営地下鉄のキオスクでは「ノンスリップラバー」という滑り止めが売られていた。値段は確か¥1000位で、やや割高感がある。


スニーカーからヒールまで、靴のタイプを選ばないこと、金属製のスパイクではないので建物内に入っても滑りにくいことなど、特徴が書いてある。スパイクだと屋内の濡れた床は滑りやすいので、着脱の手間を省く意味でいい発想だと思う。


左側がつま先方向。固めのゴムでデコボコが作ってある。


つま先に引っ掛けてから、反対側をかかとの高い位置にかける。この接合部にも言えるが、見た目がかなりちゃちいのが気になる。


ぴったり装着できている。ただ、元々溝のある靴でこれを実験することの無意味さをこの段階で確信した。


一応雪道を歩いてみたが、全く違いは分からなかった。滑りやすくなったとは感じなかったので、ソールがツルツルの靴なら効果はありそうだ。というか、それ以外の使い道は無いだろう。

 札幌での靴の滑り止めの販売だが、キオスクの他にスーパーや大きめのコンビニ、土産物店などでもよく見かけた。JR札幌駅から大通公園方面へ伸びる地下道にはモンベルショップもあるので、スパイク付きのしっかりした滑り止めを考えるなら、そこでリバーシブルグリッパーを買ってしまうのもありだと思う。

 





 

2015.03.03 Tuesday

千葉県鋸南町 岩井袋港の砕石積出岸壁

 房総半島にはクジラ漁の歴史があり、今でも外房の和田町では夏にツチクジラ(ツチンボ)漁が行われています。かつては内房の安房勝山を基地として大規模なツチクジラ漁が行われていたことが知られており、供養のための鯨塚や、見張りに使われた大黒山にその名残を見て取ることができます。勝山の捕鯨は明治には廃れてしまいますが、和田町で鯨が取れると、その肉を売る行商が平成になっても来ていたようです。

勝山の南側に岩井袋という港があり、勝山の鯨漁に参加していた岩井袋組の基地にもなっていた集落です。

深く入り込んだ港はかつての漁港の面影を集落寄りに留めつつ、海寄りの部分は砕石を積み込むための岸壁になっていました。

江戸時代の岩井袋は捕鯨基地だけではなく、房州石の積出港としても早くから利用された場所でした。明治に入ってクジラ漁は衰退しますが、横浜や横須賀の急速な発展に伴って大きな盛り上がりを見せた石材需要によって、漁船の多くは石材運搬船に切り替わったようです。日本最初の鉄道駅である新橋駅も房州石で組まれていたといいます。


明治半ばにピークを迎えた房州石の採掘もセメントの普及や建築基準法の施行などで徐々に下火となり、昭和60年には房州石の採掘は終了しますが、戦後から需要が増加した砕石の採取は続き、現在に至ります。

積出用岸壁の多くが現在は使われていないように見えました。港全体での積出の頻度もそれ程多くないのかもしれません。

ガソリンタンクの向こうには南房総の海岸線が見えました。夏に来るとまた雰囲気が違いそうです。

陸路より海路が発達していたであろう岩井袋にも、今では東側から太い道が通っています。この道を通って帰りましたが、ダンプカーの気配はありませんでした。

鯨の供養のため、鯨解体班である出刃組が奉納していたという鯨塚群の場所はここです。

大きな地図で見る

岩井袋港

大きな地図で見る



 

2015.03.02 Monday

月寒あんぱんとアンパン道路

2月半ばに数日、札幌周辺をうろついてきました。神社のはしごをしている最中に見かけた看板がこれです。アンパン道路。

変った名前の道路ですが、この看板に名前についての記述は無し。「ふーん」位の気持ちで写真を撮って月寒神社に向かいました。

一応、後で検索してみようと思っていたんですが、その日の夕方にスーパーで買い込んだお菓子に、この道路について書かれているものがあることに気がつきました。商品名は「月寒あんぱん」です。

月餅を一回り大きくようなサイズで、持った感じも月餅に近い硬さと重さです。パッケージの裏を見ると、このように書いてありました。

”  月寒あんぱんの歴史
明治39年札幌月寒で創業した、ほんま(会社名)の月寒あんぱんは、北海道で最も歴史のあるお菓子として、地元の人々になくてはならないおやつとされて来ました。
月寒から平岸へ抜ける通称「あんぱん道路」は、明治44年に月寒あんぱんを食べながらつくられたことで有名です。
ほんまは北海道産のおいしい小豆にこだわりながら、今後もつくり続けてまいります。”
買ったお菓子がその日通った道路名の由来だという偶然にやや驚きつつ、検索をかけてみると簡単に情報が出てきました。

平岸と月寒は元々交通の便は悪かったようですが、明治43年に役場が月寒へ移転したことでそれが問題となり、役場の要請を受けた月寒駐屯の陸軍第7師団歩兵第25連隊に地元住民が協力して、この道路を四ヶ月かかって建設したそうです(明治44年竣工)。兵隊に一日5回、月寒あんぱんが振舞われたのが道路名の由来というのも、間違いないようです。

 二重になっている包みを開けると、ずっしりとしたあんぱんが出てきます。


硬いのかと思って食べてみると、締まってはいますがしっとりとしていてすんなり食べることができます。味はあんぱんそのものです。これは結構、携帯食に向いているんじゃないでしょうか。スーパーで隣に味噌あんタイプも陳列されていたような気がするので、そっちも買っておけばよかったと微妙に後悔しています。

道路建設当時のアンパンを再現した「100年前月寒あんぱん」も月寒にある製造元本店で購入可能とのこと。今の月寒あんぱんとはかなり違うらしいので、次回は食べてみたいと思います。


アンパン道路は赤い線の部分です。



「100年前月寒あんぱん」を販売している月寒あんぱん本舗はここです。【9:00-18:00 日曜休】

大きな地図で見る





 

▲top