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2011.06.03 Friday

左の目神社

 熊本で最後に訪問したのが熊本県益城町福田の「左の目神社(さのめじんじゃ)」でした。
正確には「左の目八幡宮」のようです。

益城町HPの説明によると、

『由来については、「平家の大将悪平衛景清が九州に落のびてきて、
追手の源氏より身を守るため左目をくりぬき人相を変えたのでその左目を祀った」
「ある時、その左目を麹屋の清次郎が発見し祀った」などの伝説があり、生目の神として崇敬されている。
一説に細川家ゆかりの『澄之助君』が木山の梅屋を訪れ家来に代参させたということで評判になり、
今でも遠方からの参拝者がある。』


とあります。

平家側の藤原景清という勇猛な武将が、余りの強さに悪(七)平衛景清と呼ばれていたそうです。
能や歌舞伎の世界ではよく扱われる有名な人らしく、景清で検索すると古典芸能関係のページが目立ちます。


目の健康を願って奉納されたものが沢山あります。札幌から来られた方もいるようです。


この奉納品も真剣さが伝わってきます。

景清を祭っていて、目にご利益があるとされる神社に宮崎の生目神社があります。
こちらの由緒も筋こそ違いますが景清が目(ここでは両目)を抜いてしまうことが描かれており、左の目神社との共通点を感じます。

というか、左の目神社はおそらくこの地に生目神社を勧請したものではないでしょうか。
上の奉納品も生目神社と同じで、歳の数だけ目の字を書いて奉納するものです。
これは西国中心に幾つか勧請されている生目神社に共通する奉納品のようです。

ただ、伝承と名称が「左の目」なのは他の生目神社と比べてかなり異色です。
生目神社では捕まった景清が両目を抉りますが、左の目神社では逃亡中の景清が片目を抉りだします。
逃げる意思を持つ者の機能的必要性としてのみ片目は残されるのでしょうか。

もともと何か別の要素がこの土地にあったのかも知れません。景清の片目を生かしておくような伝承や信仰です。


 目の神様としては薬師如来や地蔵がよく祭られるイメージがあるので、武将が目の神様とされるのは新鮮です。

現地にある教育委員会の説明板に
「付近に隣接していた安養寺の本尊である薬師如来の代身として祀られたのではないかと思われる」という部分がありました。

薬師如来との関係でさらに調べると、福岡県大牟田市市谷町の生目八幡神社は薬師神社が並んで祭られているようです。

こうしたことから考えると、かつては薬師如来に景清が習合していたように思われます。
おそらくは元々、目にご利益があるとされていた薬師如来に、各所芸能を通じて知られた
景清の目のエピソードが添加されていったのではないでしょうか。


【さかいめの記事一覧】
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2017.09.11 Monday

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