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2017.01.23 Monday

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2011.05.10 Tuesday

弓削神宮と弓削法皇社

 熊本市の豊肥本線・光の森駅から南に2km程の所に白川をはさんで二つの社があります。
地図の中心にあるのが弓削法皇社ですが、地図上にその記載はありません。
その対岸のやや南にスクロールすると弓削神宮の記載があります。
どちらも孝謙天皇を主祭神としますが、弓削法皇社は弓削道鏡を祭るとも言われます。
なんにせよ西側が女神、東側が男性神ということのようです。

まずは東側の弓削法皇社から。

性神を祭る神社だと聞いていたのでどれほどのものかと思っていましたが、
ぱっと見には真新しい男根が奉納されているだけに見えました。


性器奉納の由来という案内板があります。
拝殿やその周囲にいたるまで大願成就の性器が山積していましたが
昭和28年の洪水ですべて流出してしまったという記述が見られます。


本殿を覗き込んでみると、立派な男性器が複数奉納されていて納得です。

先に参拝していた母子が明るく「子供ができますように」と祈願していたのが印象的でした。

対岸の弓削神宮へ向かいます。


手水からして期待値が高まります。


本殿前には大量のおみくじを挟み込まれた男根があります。


本殿脇にも大量の男根が奉納されています。性器だらけです。


巨大な男性器の下に無数の釘を打ち込まれた何かが写っているのがわかるでしょうか。
この脇の建物にその、奉納されたものたちがうず高く積み上げられていました。

いかにも「呪術」といった趣です。釘を打ち込まれた棒状のものは男性器でしょう。
菱形に凹みをつけた板状のものは女性器と思われます。

その形状と量に圧倒されますがこれは「浮気封じ」とのことです。痛そうです。

こちらにも性器奉納の由来の案内板があり、こちらでは山積した性器が大正元年に燃えてしまったこと、
そこから改めて「処理に困るほど」のおびただしい性器が投げ込まれ、
昭和28年の洪水でまたそれらが失われたことが記述されています。
ご利益があるとのことでこの性器を持ち帰る人もいるとのこと。

確かに込められたパワーはすごそうですが、持ち帰る勇気はありませんでした。

ここで授与品を二つ入手しました。
ひとつは奉賛会の人たちで作ったという手ぬぐいです。

「一日一発」って。言葉の最後をカタカナにするあたりに時代を感じます。

もうひとつは男性器ストラップです。言い逃れできないリアルさです。

入れてくれた封筒も最高ででした。これぞ縁起物です。
そのハンコ、売ってください!と言いそうになりましたが堪えました。



 この熊本の弓削神社のように、川を挟んで対となる弓削神社が大阪の八尾(道鏡の出身地です)と福岡の久留米にもあるそうです。

弓削神社が、物部氏に連なる一族である弓削氏に関係の深い神社なのは疑いがありません。
ちなみに弓削氏は弓を作ることを仕事とした一族とされます。

弓には兵器としての用途以外に、梓弓に代表されるような、まじないの道具としての側面もあります。
梓弓は、古くは出産時などに鳴らされた呪具であったようです。

このことから弓削氏、弓削部は神官としての顔も持っていたものと思われます。
呪具としての弓を製造した一族にゆかりの神社で、性神信仰が盛んなのは自然なことではないでしょうか。

岐の神としての双体道祖神のように、境界(この場合は川)を挟んで一対で存在するという
3対の弓削神社の共通点は偶然とは思われません。

かつてはもっと多くの弓削神社が雌雄で存在したのではないでしょうか。
弓削神社同士で祭神に違いがあるように、祭神を変えたことで名前を変えた神社もあるかもしれません。


【さかいめの記事一覧】
http://kotori4126.jugem.jp/?eid=174

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